
NHKロシア語講座での単語。ロシア語で中国はКитай(キタイ)とのこと。
なんで中国が“キタイ”?
調べてみると、その背景には歴史的な遊牧民族・契丹(キタン)と、当時のユーラシア情勢が深く関係していました。
契丹(キタン)とは? 遊牧民が築いた「遼」王朝
契丹とは、10世紀から12世紀にかけて現在の中国東北部に住んでいた騎馬遊牧民族です。
彼らはモンゴルや満州の草原地帯を移動しながら、馬・羊などを育てて暮らしていました。
やがて契丹は907年に「遼(りょう)王朝」を建国。中国北部を中心に広大な領土を支配する国家を作り上げます。
この遼王朝の存在が、ヨーロッパやユーラシア周辺の人々にとっての「中国」のイメージとして定着するようになったのです。
なぜ契丹が「中国」を意味するようになったのか?
当時、契丹の遼は中国北部を支配し、宋(そう)王朝と並立して存在していました。
しかし、ユーラシアのステップ地帯(草原)を通じて交易や情報を得ていた中央アジアやロシア周辺の民族にとって、中国=契丹の支配地という認識が生まれました。
そのため、彼らは契丹の名前「Khitan(キタン)」を使って、中国全体を指すようになったのです。
この名前が後にロシア語に入り、「Китай(キタイ)=中国」という言葉になったと考えられています。
同時代のロシアはどんな国だった?
この時代、現在のロシア・ウクライナ一帯には「キエフ・ルーシ」という国家がありました。
首都キエフ(今のウクライナ)を中心とした封建的な公国連合で、スラブ系民族が暮らしていました。
東ローマ帝国(ビザンツ)と交流があり、988年にはキリスト教(正教)を国教として受け入れています。
契丹との直接的な交流はありませんでしたが、中央アジアを経由した間接的な情報伝播によって「キタイ=中国」という言葉が定着したのです。
現代に残る「キタイ」の名残
実はこの「キタイ」という言い方は、ロシア語だけでなく他の言語にも残っています。
- モンゴル語:Хятад(ヒヤド)
- ブルガリア語・セルビア語:Китай(キタイ)
- ウクライナ語:Китай(キタイ)
このように、「契丹」という一民族の名前が、いくつかの言語において中国全体を指す言葉として残っているのは非常に興味深いですね。
まとめ
「中国=キタイ」というロシア語の表現は、単なる翻訳の違いではなく、中世の東アジア・ユーラシア世界の歴史的背景に根ざした言葉です。
- 契丹という遊牧民族が中国北部に遼を建てた
- 周辺民族にとって中国=契丹だった
- その名残がロシア語「Китай」になった
語学学習から歴史の扉が開く——そんな面白さを感じる一件でした。
おまけ:キタイとチャイナの違い
ちなみに、「チャイナ(China)」の語源はインド方面から伝わった秦(Qin)王朝が由来とされており、西側から見た中国を表す言葉です。
それに対し「キタイ」は北や東側から見た中国を表しているとも言えます。
視点によって名前が変わるのも、世界史の面白さですね。

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